自販機本

自販機本とビニ本大好きなエロおやじの戯言

 

豊かな時代だ!というのは明らかに誤りである。

インターネットの普及にともない
ほとんど、なんでも手に入ると考えているのはチト早計ではないだろうか?
「快楽」について考えるとエレガントになつたように感じているが果たしていかがなものか?

アダルト雑誌やヌード写真のヘアー解禁やDVD付写真集など「快楽」と異なった情報時代
により「エロス」の快楽が死語になったと感じるのは、小生だけかもしれない。
昭和50年のころには、街にはエロスと快楽の世界が裏表となって共存していたのかもしれない。
そんな時代に自販機本やビニ本など書籍の世界には、ときめきがあふれていたと実感している。

昭和40年代後期のヌード写真のモデルは、成人なのにセーラー綿パンツの股間を見せつけたポーズをとったアングルやピンナップ本で男たちに夢を与えていたのかもしれない。
渋い乳白色、髪は黒い。わきの下が未処理、むっちりした体形でいかに、もけばけばしい女性がやけに多かった繁華街など、平成時代に当時の色々なことがサブカルチャーという
新ジャンルになって脚光をあびているように感じられますね。

そんな昭和の裏社会や文化をこのブログで掲載していきますので是非、愛読してほしい。
ちなみに、当時小生は新宿歌舞伎町が遊び場でした。

昭和40年代ごろよりカストロ誌の衰退が始まり大人向け一般週刊誌「週刊実話」
「週刊 実話と秘録」「週刊話題」「週刊アサヒ芸能」「週刊プレーボーイ」「平凡パンチ」
などにヌードピンナップポスターやヌードモデル写真が掲載され始めたと記憶してます。
当時は、警察の規制も今と違い規制が厳しく掲載モデルのポーズもほとんど孫色ない
状態だと記憶している。

特に規制のポイントは陰部の毛(ヘアー)が見えていないかが大きな判断基準だと、当時先輩(警察官)が色々と当時の裏話を話してくれた記憶が蘇ります。
モデルのお姉さんたちは、撮影前に陰部の毛を剃ったり肌色のガムテープなどで処理
したりと色々努力した様子は生々しい衝撃を受けました。

初期の自販機本のヒット作「下着と少女」シリーズなどは、木綿の白いパンツが印象的
で当時の読者がどきどきしながらぺーじをめくり鑑賞したもんです。
グラビア専門のモデルさんは、風俗関係のお仕事をしている方や自販機制作に関係したスタッフがいやいやモデルになったと聞きました。

今思えば30代前後のモデルさんがセーラー服の表紙を飾るカットや女性同士が抱き合っていたカットが多いような感じがしますね。
撮影は、野外のカットや別荘の一室など、低予算での撮影が多かったと聞いています。
スタイルは今のモデルのように良くありませんでした。今でいうポチャ系でウエストのクビレが少なく懐かしい体形ですね。
こんな、当時のことなど、ブログで掲載していきますので愛読、宜しくお願いします。